先天性皮膚欠損症(Aplasia Cutis Congenita: ACC)は、出生時に皮膚の一部が欠損している稀な先天性疾患であり、主に頭皮に発生しますが、体幹や四肢に生じる場合もあります。その原因は胎児期の発生異常、遺伝的要因、母体の薬剤影響や感染症など、多岐にわたります。診断は主に視診に基づきますが、必要に応じて画像診断や遺伝子検査が行われます。治療は病変の深さや広がりに応じて自然治癒を促す方法から外科的介入まで幅広く、感染予防と創傷治癒の促進が重要です。
本記事では、本疾患の特徴から原因、診断方法、治療法まで詳しく解説します。
疾患の特徴
先天性皮膚欠損症は、出生時に皮膚の一部が欠損している稀な先天性疾患です。その発生率は約1万~2万人に1人とされ、男女間での発生頻度に大きな差はありません。この疾患は主に頭皮に発生しますが、体幹や四肢に生じることもあります。病変の部位や形態、広がりは多様で、以下にその代表的な特徴を示します。
病変の部位
- 頭皮(70~90%)
 頭頂部の中央線付近に好発し、単発性の円形または楕円形の病変が多く見られます。
- 体幹や四肢(10~30%)
 腹部、背部、腕、脚などに散発的に生じる場合があります。
病変の形態
- 欠損部では皮膚が完全に欠失しており、真皮や筋層が露出することがあります。
- 表面が薄い膜状で覆われている場合もありますが、重症例では骨や筋肉に至る深部欠損が見られることがあります。
症状と合併症
- 病変部は無痛性であることが多いですが、深部組織が露出している場合は出血や感染症のリスクが高まります。
- 頭皮の欠損が広範囲に及ぶ場合には、頭蓋骨の欠損や脳外露を伴う重症例が報告されています。
- この疾患は出生直後に診断されることが一般的ですが、胎児期の羊膜帯症候群や心血管系異常など、他の先天異常と関連することがあります。
疾患の分類
1986年に提案された分類が広く用いられており、以下の9つのカテゴリーに分けられます。
- 頭皮単発性病変
- 頭皮多発性病変
- 四肢および体幹病変
- 合併奇形を伴う病変(例: 脳外露)
- 胎児期の羊膜帯症候群関連
- 表皮母斑関連
- 薬物および中毒によるもの
- 遺伝性症候群関連
- その他原因不明
発生機序の多様性
先天性皮膚欠損症は形態や病理的特徴が多様であるため、単一の疾患というよりは、複数の原因が共通して現れる症候群と考えられています。
原因と病態
先天性皮膚欠損症の原因と病態は完全には解明されていませんが、複数の要因が関与する多因子性疾患と考えられています。以下に、主な原因と病態についての仮説を示します。
胎児期の発生異常
胎児の発育過程において、皮膚の形成が正常に進行しないことが主要な原因とされています。
- 皮膚の形成障害
 表皮、真皮、皮下組織のいずれか、またはすべてが正常に発生しない場合があります。
- 羊膜帯症候群
 胎児を包む羊膜が胎児の体に巻き付くことで、皮膚の欠損や四肢の異常を引き起こします。
- 血流障害
 胎児期の局所的な血流の減少が皮膚組織の壊死や欠損を引き起こすと考えられています。
遺伝的要因
先天性皮膚欠損症はいくつかの遺伝性疾患や症候群と関連しています。
- 家族性発生
 一部の症例では、常染色体優性または劣性の遺伝形式が観察されています。
- 関連症候群
- Adams-Oliver症候群: 皮膚欠損に加え、四肢の発達異常や心血管系の異常を伴います。
- トリソミー13(Patau症候群): 皮膚欠損が特徴の1つとして現れる場合があります。
- 遺伝性表皮水疱症: 表皮の脆弱性が原因で皮膚欠損が生じることがあります。
 
薬剤や母体環境の影響
母体の薬剤使用や胎内環境が、胎児の正常な皮膚形成を阻害することがあります。
- 薬剤の影響
 抗てんかん薬やレチノイド(例: アキュテイン)が、胎児の発育に悪影響を及ぼす可能性があります。
- 感染症
 母体が水痘やトキソプラズマ症に感染すると、胎児に影響を与えることがあります。
- 物理的外傷
 羊水穿刺や母体への圧迫が皮膚の形成に影響を及ぼす場合があります。
血管異常と局所的壊死
胎児期の血管形成異常や血流障害が原因となる可能性が示唆されています。
- 血管の閉塞または不形成
 頭皮や体幹部で血流が途絶えることで、皮膚組織が壊死する場合があります。
- 凝固障害
 胎児の血液凝固異常が皮膚組織の発育不全を引き起こすことがあります。
病態の概要
先天性皮膚欠損症は、胎児期の皮膚形成不全、内的・外的要因による皮膚組織の損傷、あるいは遺伝的影響のいずれか、または複数の要因によって引き起こされます。
病変の部位や広がりが多様であることは、単一の原因ではなく複数のメカニズムが関与している可能性を示唆しています。
検査
先天性皮膚欠損症の診断は、出生直後の視診による臨床的評価が基本です。しかし、病変の深さや他の先天異常の有無を確認するために、追加の検査が必要になる場合があります。以下に主な検査法とその目的を示します。
身体診察
- 基本的な評価
 皮膚欠損の部位、広がり、形状、深さを確認します。
 表面的な病変では、膜状の薄い皮膚欠損が見られます。一方、重症例では筋肉や骨が露出することもあります。
- 頭部の評価
 頭皮の欠損がある場合には、頭蓋骨の形成不全や欠損の有無を確認します。
画像診断
- X線撮影
 頭蓋骨の形成不全や骨欠損を確認します。また、脳外露など頭蓋内への影響を評価するためにも使用されます。
- 超音波検査
 軽度から中等度の欠損に対し、皮下組織や筋層の損傷の程度を評価します。非侵襲的で新生児にも安全な検査法です。
- CTスキャン
 深部構造や骨・周囲組織の異常を詳細に評価します。頭蓋骨欠損の範囲や脳への影響を精査する際に有用です。
- MRI
 頭蓋内や周囲の軟部組織の異常を詳細に評価します。特に、神経系の異常(水頭症、脳外露など)が疑われる場合に適しています。
遺伝子検査
- 関連疾患のスクリーニング
 遺伝性疾患や症候群が疑われる場合に実施します。- Adams-Oliver症候群: ARHGAP31やRBPJ遺伝子の異常を確認します。
- トリソミー13(Patau症候群): 染色体異常を検出します。
- その他の遺伝性疾患との関連を評価します。
 
- 家族歴の評価
 遺伝子検査により、家族間の遺伝的リスクを評価します。
病理組織検査
- 目的
 病変部から組織を採取して顕微鏡で分析します。欠損が表皮形成不全または真皮の発育障害によるものかを確認します。
 ※侵襲的であるため、実施頻度は低いです。
合併症の評価
- 心臓エコー
 心血管系の異常(例: 心房中隔欠損)を伴う可能性を確認します。
- 腹部超音波
 臓器の発育不全や構造異常の有無を評価します。
- 聴覚および視覚検査
 感覚器官に異常が疑われる場合に実施します。
診断のポイント
先天性皮膚欠損症の診断は、視診による臨床的評価が基本ですが、深部欠損や他の先天異常が疑われる場合には、画像診断や遺伝子検査を早期に組み合わせることが重要です。これにより、疾患の重症度や合併症の有無を正確に把握できます。
治療
先天性皮膚欠損症の治療は、欠損部位の大きさ、深さ、合併症の有無によって異なります。治療の主な目標は、感染予防、創傷治癒の促進、および外観や機能の改善です。以下に、重症度別の治療法を示します。
軽症例の治療(表在性病変)
- 自然治癒
 欠損部が小さく、真皮や筋層が露出していない場合は、数週間から数ヶ月で自然治癒が期待されます。
- 創傷ケア
- 創部を無菌状態に保つことが最優先です。
- 非接着性のドレッシング材(例: ハイドロコロイド)で創傷を保護し、感染を予防します。
- 軟膏(抗菌軟膏や保湿剤)を使用して創部の乾燥を防ぎます。
 
- 感染管理
 感染の兆候(発赤、腫脹、膿など)が見られる場合には、局所または全身抗生物質を使用します。
中等症例の治療(深部組織露出)
- 感染予防
 筋肉や骨が露出している場合は、感染リスクが高いため、早期の治療が必要です。
- 外科的治療
- 自然治癒が見込めない場合、皮膚移植が検討されます。
- 露出した骨や筋肉を覆うため、局所皮弁法や自由皮弁移植が行われることがあります。
 
- 創傷治癒促進療法
 局所陰圧閉鎖療法(VAC療法)を使用し、創部の血流を改善して治癒を促進します。
重症例の治療(頭蓋骨欠損や脳外露を伴う場合)
- 露出の管理
 脳が外部に露出している場合、感染や頭蓋内圧変化など生命を脅かす合併症を防ぐため、緊急外科治療が行われます。- 頭蓋骨欠損部には人工骨材や自家骨移植で補填手術が行われます。
 
- 再建手術
 専門的な形成外科チームによる皮膚および軟部組織の再建が必要です。- 残存皮膚を利用した拡張皮弁や人工皮膚を使用する場合があります。
 
その他の治療アプローチ
- 感染管理
 適切な抗菌薬の使用と創傷の清潔管理を徹底します。
- 合併症の治療
 心血管系異常や四肢の発達異常などが認められる場合、関連分野の専門医と連携し、包括的な治療を行います。
- リハビリテーションと心理的ケア
 外観に影響を与える症例では、患者および家族への心理的支援が重要です。
治療方針の選択
治療は、疾患の重症度、部位、患者の全体的な健康状態に基づき個別化されます。軽症例では非手術的管理が基本ですが、重症例では早期の外科的介入が必要となります。
 
  
  
  
  
